お侍様 小劇場

   “花冷えのころには” (お侍 番外編 103)
 


何と凛々しいとか、何と聡明そうなとか。
泰然と落ち着いたところがあって頼もしいとか。
物心とやらがついたころ、
そんな風に把握され、安堵されている自分だと気がついた。
他にはこれという関心事もないからと、
武道に打ち込み、冴えを研ぎ澄ませていっただけ。
礼儀作法に卒がなかったのは、
ただ単に、折り目正しく振る舞う大人ばかりという周囲から、
自然と拾って身についたものなだけだったし、
口数少なく泰然として…見えたのだって、
話相手がいないのだからしようがないとも言えて。
むしろ、随分と不器用な身だとの自覚が出ぬこともなく、
口が回らぬのなら、いっそ黙っておればよしと、
そういうずぼらをしていただけだのにね。
理解者がいないわけでなし、
二進三進もいかぬほど困る事態に遭うこともなし、
周囲が納得しているなら まあいいかと、
子供らしからぬ納得をしかけていたその矢先に。

  その人は現れて

押し付けがましいことはしないし言わない。
急いでと、強引に手を引いて導くこともなく、
代わりにやるからと急くように手出しするでなく。
物慣れずの拙くて、危なっかしい手つきになる、
まだまだ幼い子供を相手に、
それこそ落ち着き払って見守ってくれていて。
しかも、フォローは大層上手な人であったので、
別な周囲をハラハラさせもせずの空気づくりに長けていて。
何よりも…

  その存在感の温みにホッとさせてもらえた

不器用なところは、なかなか是正はしなかったけれど、
それでもいいのだと、微笑ってくれた。
ああそうか、まずは訊いてからこうすればいいのかと、
後になって気づいてのこと、
日頃よりも上手に対処が取れたおりには、
眩しいくらいに綺麗な笑顔で褒めてくれたし、

  ご自身で気がつくことが大切なのですよ、と

要領がいいだけでは、
心が籠もってはないお作法に過ぎません。
それがため、本心が空虚
(カラ)だったのを見通され、
却ってがっかりさせてしまうような、
そんな罪作りを招きかねませんからねと。
何をさせてもそういえば、
暖かな情の籠もった言動しかしない彼なのを、
思い起こさせた、お初のお説教もどきを ふと思い出したのは、


 「…大丈夫ですったら。」
 「何を言うておるか。熱があるのは久蔵も気づいておることぞ。」
 「こんなの微熱です。」
 「それでも、だ。
  儂や久蔵がそのような病状 呈したならば、
  お主、泣きを入れてでも引き留めるのだろうが。」

  「う……………。///////」


おお、珍しく2分かからずに説得出来たかと。
双親らの使う寝室の方からのやり取りに、耳をそばだてていた次男坊。
妙な感心の仕方をしておれば、
そんな彼のいたキッチンへ、
腕まくりしていたワイシャツの袖を直しつつ、
やれやれというお顔で戻って来たのが勘兵衛で。

 『…………?』

とうに新学期が始まっていた学校への支度中、
制服のネクタイが曲がってはいませんかと直してくれた、
そんなおっ母様の手が異様に熱かったので。
こちらからもがっしと掴むと、
同じリビングにいた壮年殿がぎょっとしたのへと、

 『………熱。』

といって、掴んだ手首を差し出せば。
それは速やかに立ち上がり、
子供の見ている前で
それはやめてくださいませと真っ赤になった母上を、
否応無しに双腕の中へと抱え上げた父上の、
それはそれは素早かった行動の先、
寝室へ運んで行ったところまでを見送っての、さて。
まだ食卓に着く前だったので、
七郎次の心づくしを冷めさせるのは忍びないながら。
それでも…自分たちが家を出てから、
さあ彼はどうしたろうかと思うと、
最低限のことはしておかねばと感じた辺りも、
心優しきおっ母様との暮らしが培った賜物か。

 「………島田。」
 「おお、米を研いでおいてくれたのだな。」

武道全般や権謀術数には長けていても、
炊事や何や、家庭的なことには全く通じていないようでありながら。
この壮年殿、雑炊だけは得意だと知っていたので、
冷蔵庫を浚って材料を取り出し、
土鍋を出しての米を洗うところまで下準備を整えておいて。
ふれっくすとやらいう融通が利く社会人へ後は任せての、
自分は楚々と食卓へ着いた久蔵殿。
陽あたりのいいダイニングに満ちる明るさの中、
あれこれと手を焼いてくださる
おっ母様の声や笑顔がないのは侘しかったが、
それでもてきぱきと食事をとると、

 “………帰りには。”

商店街で何か果物を買って帰ろう、
今だと何が旬だろかなどと、
これもやはり、
木曽に居たころには身につきもしなんだ心くばりを、
自然なそれとして巡らせておいでの白皙の美貌。
額に降りた金絲の淡い陰の下に瞬く、双眸の凛々しさごと、
出掛けるすんでに母上へ覗かせる所存なところまで、
あれこれ行き届いた和子に育った久蔵殿ではあったれど。

 「………。」

キッチンでパタパタしている勘兵衛な気配へ、
落ち着けぬ七郎次が起き出して来ぬようにと配慮しつつも。
…放課後の剣道部の練習などという瑣末なことは、
しっかり頭から追い出していたこと、想像するに難くないというのもまた、
忘れてはならない点だったりして?
(こらこら)


  花冷えや遅霜のまだまだ去り切らぬ時候です。
  どうかどちら様も、くれぐれもご自愛くださいませね?




   〜Fine〜  11.04.20.


  *いやホンマに。
   昨日今日と、妙に冷え込んで寒いものだから、
   寝る段になって、冬場に着ていたジャージを、
   押し入れダンスから引っ張り出そうかとか思ったほどでしたよ。
   皆様も油断なさらぬようお気をつけを…。

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